遅れてきた彼女

夏が終わるな
深夜の高速を自宅へ向かい走っている最中
脳の端々から泡のように浮き出て来た思案
少しウィンドウを開ける
なんとなく今感じた言葉を確かな現実にしたくて
金属の塊に切り裂かれる空気が悲鳴を上げている
車内に勢いよく雪崩れ込む夏の終わり
鼻腔一杯に吸い込んで私は満足する



誘うような優しい緑に光るSAの看板を見てハンドルをきる
余計なことを考え始めるのは集中力が切れてきた証拠だからだ
熱くなったエンジンを冷ますように宥めるようにキーを回し止める



用を足して深夜の運転手達で賑わっている露店に流れる
そこで軽くパクつきながら何処にでもある自販機で眠気覚ましのコーヒーを買う
また冷め切っていないうちにエンジンを掛ける
調子のいいうちに高速を抜けてしまいたい
食べ物の匂いが車内に溜まってしまった為に大きくウィンドウを開ける
ゆっくりとSAの駐車場を車体に空気を含ませるように横切る
助手席のウィンドウの向こうに水色のワンピースが見えた
スカートが夜の風で揺らいでいる
胸元から上は見えない
なぜかこちらに視線を向けて微笑んでいる気がした
誰に向けるでもなく自分も少し微笑む
ウィンドウを閉める
静かに上がっていくウィンドウに気が引き締まっていく



カウントダウン



また深夜の高速をふさわしいスピードで行く為の秒読み
まるでこれから打ち上げられるロケットのように
助手席のサイドミラーではさっきの女性がこちらに手を振っている
今度は首から上がサイドミラーからは見ることができない
顔が見えたらがっかりするのかもしれない
両腕と頭を失い代わりに美を手に入れた石像を思い出す
そんな事を思わせてくれた彼女に手を振る膝の上で小さく
目の前に迫る合流地点
ほとんど他の車がいないので悠々とハンドルを滑らせる
バックミラーに水色のワンピースが見えた



!?



すぐに後部座席を見るが誰もいない



おかしなものを乗せてしまったかな
長く車を乗っていればこんなこともある
特に気にもしなかった
それよりも怖いのは恐怖に囚われた時の人的ミスだ
するとシフトレバーに置いた手に冷たい感触
明らかに人の手のそれ



それでも私は横は見ない
山道の合間であるこの道路はカーブと上がり下がりが頻繁にある為に予断を極力排除しなければならないからだ
するとありえない位置から女がするりと私の前に
女は水色のワンピースさながらの肌の色をしている
長く漆黒の髪
目を瞑ったまま唇を重ねてくる
冷たい爬虫類を思わせる舌
恋人同士のキスが終わったようにゆっくりと目を開ける女






「あ ごめん違った 君じゃないや」






あの時私は多分こうなるとわかっていたのかもしれない
彼女の瞳を結局見ることはできなかった
きっと美しいのだろう
私は水色のワンピースを着た女性を今日も深夜のSAで待つ