いまここに在る当たり前の幸せ

清潔なベッドに身体を横たえるキミ
繋がれた数本の管
この小さな管がキミの命を繋いでいると思うと涙が出た



ここに来るまでの数日間は常に考えていた
なんて声を掛けようかと
それだけを考えて考えて考え抜いてきた
けれどキミとキミを含めた周りの景色を見たら全部消えてしまった
小さな頭で考えた優しさは圧倒されて吹き飛んでしまった



できることならここから逃げたいと思った
そう思ったら足が震えてきた
認めたくない
こんな現実
嘘だ
嘘なんだって誰か言ってお願いだから
震える足は逃がさないとでも言うように動いてくれない
いくつもの死を迎えてきたこの部屋には何か居るのか



「大丈夫?」



声を掛けてくれたのはキミだった



「うん」



キミに心配されるなんて
そんな状態になっても相手を気遣える強さ
キミを感じさせるキミの空気
薦められた椅子に腰を掛ける



「今日は何か良い事あった?」
「んーん いつもとおんなじ」
「何か食べた?」
「ファーストフード 匂い嗅いだら突然食べたくなったから」



こういう会話がキミを傷つけやしないかと足を竦ませながら憂う



「何か怖がってる?」
「え? いや」
「死ってそんなに意識しないよ? 近くに居るのをなんとなく感じるけれど」
「!? そうなんだ・・・?」



投げかけられた言葉に戸惑う



「後悔もそんなにないし そりゃ食べたかったものとか行きたかった場所とかあるけれど」
「うん」
「今ここにある全てを大切にしなきゃって今更ながら思う」
「忘れがちだけど大事な事」
「でしょ?」



いつものいままでの会話
きっと電話越しなら普段とまったく変わらない



「もし目の前に転んでる人がいたらどうする?」
「とりあえず手を差し出す」
「死を目の前にした人もね 何か言って欲しい訳じゃないんだよ」
「・・・うん」



見抜かれていた心は冷たい汗を背中に垂らす



「ただ少し苦しいから手握ってもいいかな?」
「うん」



カーテンが翼が羽ばたくように揺れて春の風の匂いがした
この風を忘れることはないだろう



清潔なベッドに身体を横たえるキミ
繋がれた数本の管
それはまるで天国へは行かせまいとするこの世の罪に見えた