燃え盛る業火だけが身を焼く訳ではない
疲れた。
いつになく疲れが残っている。
痛む目頭を押さえながら自宅へ。
ここの所、執拗な嫌がらせと悪戯電話で妻の美悠はかなり参っている。
電話番号を変えたり等の対策は取ったが、どこから漏れているのか対して効果はなかった。
自分が自宅に居ない平日の昼間ばかりを狙ってくる。
陰険なやつだ。
腹が立つ。
人間として恥かしくないのか?。
ヒステリックな美悠を相手にするには今日は疲れすぎている。
正直うんざりだ。
仕事の方もプロジェクトが佳境に入っている。
かなり忙しい。
なにもかも放り出したら楽になれるだろうか?。
そんなわけはない。
莫迦々々しい。
家に帰ると美悠は居なかった。
子供達が言うには外出しているらしい。
こんな時間に一体何処へ行ったんだ?。
念の為に友人や近所の人に電話を入れておく。
子供達は夕食は食べたらしい。
冷たくなった食事をこの精神状態で食べる気がしない。
ラップを掛けられた食事は、どこか気味の悪い物に見える。
子供達を風呂に入れて寝かさなければいけない。
思い立ち浴室へ行き、湯を張る。
音を立てて上がる湯気。
子供達は大人しくテレビを見ている。
こんな時間のテレビを見て楽しいのだろうか?。
疲れた。
何も気にせず眠りたい。
子供達を風呂へ入れる。
キッチンで換気扇を回し煙草に火を点ける。
何時から部屋の真ん中で煙草を吸えなくなったんだっけ。
なんとなくニュースを眺める。
キャスターから発せられる言葉は抑場がなく暗い。
読み上げられるニュースも同じような明度で。
気が付くと数十分経っていた。
根元まで灰になった煙草。
大して吸っていない。
相変わらずさっきのキャスターは同じ口調で喋り続けている。
子供達が風呂から上がってくる。
バスタオルを棚から下ろして渡す。
このまま風呂に入るか。
煙草の匂いのついたシャツを脱ぐ。
湯銭を見るとシャンプーか何かで泡だっている。
風呂も入れないのか。
あのやろう。
長男の悠希を呼びつける。
お前がしたのか?。
なんでこんな事をするんだ?。
泣きながらしどろもどろに答える悠希。
わからないだと?。
わからない訳ないだろう?。
悠希が入った後に入ろうとしたら泡だらけだ。
お前がやったんだろう?。
正直に言いなさい。
違うのか?。
説明してみろ。
暗い低温の炎が目の奥に見える。
悠希の首を掴んで湯船に押し込む。
意外と軽く持ち上がる。
暴れる腕を押さえる。
湯船から手を戻しさらに問う。
まだ自分じゃないと言うのか?。
悠希は震えながら泣いている。
泣けばいいと思ってるのか?。
再度細い首を掴んだ手を湯船に入れる。
まだわからないのか?。
なんでわからないんだ?。
なんとか言ったらどうだ?。
数回繰り返したところで炎は燻り収まり始めた。
一体何をしてたんだ。
大声で泣いている悠希。
その甲高い泣き声を聞いていると頭がおかしくなりそうだ。
ガムテープで口と手足を縛る。
ようやく静かになった。
4つ下の亜希が庇うように覆いかぶさっている。
目障りだったので二人とも玄関まで引き摺っていって放り出した。
鍵とチェーンロックを掛けて寝室へ。
何かから逃げるように冷たいベッドへ身を投げた。