揺れる蛍の幻

なんで今日という仕来りがあるのだろう
悲しいことは忘れたいはずなのに
楽しかったあなたとのあの日を想う



この世から去る事で永遠を手に入れたあなた
焦がれ続けるこの心
恨めしいし羨ましい
もしも居なくなったのが私だったら・・・?
あなたも同じ気持ちになってくれるのかな



御線香の代わりにあなたの好きだったタバコに火をつける
この時だけ一口タバコを吸う
一年に一回だけの一口の喫煙
あなたと初めて会った時も
あなたは冗談でタバコを勧めてきてた
咽るのをみて慌ててた
その時のあなたの顔



どんな顔だったんだろう
うまく思い出せないよ もう
時間の流れに輪郭を失っていくあなた
どうしたらいいかわからない
こんなにも
忘れたくないのに
あなただけでいいのに
手に入らないから焦がれる罪な性
それでも時に裁かれ忘れてしまう
あなたとの記憶だけが
あなたへの思いだけが
この世界での証なのに



ふと目をやると火をつけたはずのタバコが無い
後ろから抱きしめてくれる懐かしい匂い
火傷しそうなほどに熱い涙が頬を伝う



こんなはずないのに
何度も何度も
もう一度会えたら
もしかしたら
幾夜も考えてきたのに



ふっと消える気配
周りの空気と包まれていた空気が交じり合う
その変化に思わず喘ぐ



いつの間にか辺りは暗く
備えた火の消えたタバコに留まる一匹の蛍
現実感の無い虚しさと
濡れた夏草の匂いが立ち込める