心の帰る部屋

celame2006-05-11

一ヶ月の内に何回か訪れる店
照明は緩やかに落とされて
隅の席では恋人達が愉しんでいる



重い扉はぎしりと音が鳴りながら開く


「いらっしゃい」


彼女の声が迎える
誰かのジャズと店の空気が解け合って流れている
上着を渡してアルマニャックをもらう
何も言わなくても出てくる
もう数年続けている習慣
決まって彼女は聞いてくる


「何か聞かせてよ」



毎日朝起きて仕事をして帰ってくるだけの生活
ずっと続いている憂鬱な月曜日だけの毎日
そんな中で聞かせる事なんてなにもない


「何もないよ」


かぶりを振りながら返す



客の帰った店はCloseの看板を掛ける
ぽつりぽつりと会話を交わしてゆっくりとグラスを傾ける
この何も無い時間を引き伸ばしたくて


「あなたのためじゃないのよ」


言いながらピアノを弾き始める彼女
音楽のある世界に心から感謝する




「もう随分経つんだよな」


溜め息のように漏らす
彼女はグラスを持ってきて僕のグラスに合わせる


「何も求めて無いわよ」


グラスに入ったアルマニャックを飲み干しながら


「このお酒は男性の色気のようね」


「なんでそう思う?」


「素っ気ないのに味わい深いのよ」


「なるほど コニャックは女の噎せ返る色気のようだな」


「そうね まるで」





決して交わってはいけない二つのブランデー