そういえばあの日も暑かったっけ

夏の終わり
太陽を称える様に短い命を羽の音に変える蝉
耳障りだったけれどこの時期はいつも物悲しく響く
ひとつまたひとつと静かになっていく
生命を謳歌していた季節が流れてどこか悲哀を感じさせる
鈴虫達が鳴き始めそんな夜に彩りを添えて
熱が溜まっているコンクリートの壁を避けて見晴らしのいい所へと歩く
風が黒一色の木々と影を揺らす
ざぁっという木々の拍手に鈴虫達は一旦演奏を止める
汗ばんでいた肌を撫でて冷やす
その温度差に身震いをする



振り向いて手を振っているきみ
あの頃のままの姿で
なぜか自分だけ時間を進めた今の自分で
その手を取って引っ張っていけるほど強くなくて
その手を振り払って我侭を言えるほど弱くなくて
淡々と流れる出来事はコマ送りの映像作品みたいだった
自分は当事者じゃなくて観衆だった
その証拠に封を切ったばかりのタバコは全部吸い切ってしまった
それが精一杯の抵抗だった
時間を引き延ばすだけ
言葉が出ない事を吸っているタバコのせいにして
最初から決めていたから
互いの道が分かれてしまったら
手を振って送ろうって
枷にもなりたくなかったし
綺麗な別れの場面にしたかった
もう痛まない胸に手を当てる
なぜ嬉しい思い出よりも辛い思い出のほうが残るんだろう
その痛みは今は何よりも甘く
あの頃が何時だったかなんて思い出せない



また名残惜しそうな夏の夜の風が吹く



何か上の空だけど?
うん? ううん なんでもないよ



寄り添う影が歩き出す