最後に自分に残されたもの それだけで

空ろな眠りの中で再現される
偶然触れた小さな手の優しさ
繋いだ手の手首から先は何もなくて
自分は無機質なエレベーターに乗っている
腰位の高さに手摺が付いているだけの簡素な作り
足場は全体的に淡い緑色の光を放っている
周りには同じ無機質な材質で作られた仕切りの無い部屋
どうやってこの空間を維持しているのだろう
支柱のようなものが見当たらない
それぞれが同じように淡い緑色の光を発している
体に重圧を感じない
緩やかなスピードで動いているからだろうか
よく目を凝らさないと上っているのか下っているのか
どうして自分はこんなところに居るんだろうか
一向に止まる気配は無い
まるで何かを載せて運ぶ事よりも動作している事自体を誇るように
ふと一瞬緑色の部屋の中央に誰かが横たわっていた
薄い生地の服を纏っていた気がした
なんだか頭の奥が青い炎で炙られている様に痛む
熱く切ない
冷たく悲しい
余韻を拡げて反芻する焼かれる肉の痛み
ふわっと足場が止まった
慣性に体を持っていかれる
転ばないように踏み止まる
力の入らない指がもどかしい
自分の体が勝手に動き出した
いや違う
これはなんだ?
自分の体からもう一人の自分が急に走り出した
自分はその自分を見ている
なにかおかしい
自分を止めなければならない
そうだ止めるんだ
走り出そうとする足からはホイップクリームみたいな感触
周りの景色の動きで辛うじて自分が走り出していることを認識する
自分から逃げ出した自分との距離
あと少し
手が届く
肩を掴んで止める
こっちをみた自分には顔がなかった
ただの黒

なんといえばいいのだろう
墨のような黒い影に目と歯が白く
心を剥き出しにしたというモチーフで描かれた抽象画
歪む影の白い歯
輪郭から下卑た笑いを浮かべたのだろうと思う
自分は吐き捨てるような目つきでソレを見下す
無機質に光る緑色の目で
ソレは底の見えない空へ
雲の中へ落ちていく
もう見えない
最後の声も願いも聞こえない
自分の声も届かない
握っていた手はソレが持って行ってしまった
止めることはできなかった
何を止めたかったのか
手を取り返したかったのか
いま君の声が聴きたい
エレベーターは動き出す