名前の無い夜 そんな夜なんてそもそも無いのかもしれない

存在しない悪意から逃げるように目が覚めた
また何か悪い夢でも見ていたのかもしれない
鈍い痛みを紛らわすように目頭を抑える
うっすらとかいた汗が冷えて背筋を震わせる
深く眠るための薬も大して役に立たない
今度は夢を消すか見なくて済む薬でも頼むとしよう
サイドテーブルのパネルには目の覚めた世界の針を夜明け前だと言っている
見慣れすぎた光景と間
繰り返してきた既視感
青紫色の間接光に意識が塗り替えられて冴え始める
高速道路を走る車の音が僅かに聞こえる
疎らに行き交う音に無意識にチャンネルを合わせてしまう
1・・・2・3・・・
いくつ数えれば街は動き出すだろうか
針の狂った体は微熱を帯びている
思考と神経が馴染むまでの不快な体温
目を瞑ると神経を駆け回る光が見える
至る所で小さい光が動き衝突して大きく光る



階下の部屋の鍵を回す音
扉を開く音
閉まる音
うたた寝をしていた冷蔵庫が起きる音
4・5・6・・・
空調の低い駆動音
女の寝息
寝返りと衣擦れ音
水差からグラスにぬるく冷めた水を注ぐ
グラスに注がれる水の音
なぜだか全ての音という音がクリアに耳に届く
何もかもが煩わしい
放っておいてくれ
いつもいつまでも寄り添ってくれるそれらの音に甘える
7・・・8・9・・



錯綜する思考
好き勝手に駆け回る神経
優しい街の雑音
朝に染み込んでいく夜
透明に過ぎ抜けていく一日
終わりの無い始まり