砂時計

「一日しか記憶が持たないんだ
 だからきみの事を好きになっても
 明日にはもう今日の僕は居なくなってしまう」



顔立ちが整った肌の白い男はそう言った
角度や光の反射によっては女性のようにも見える
対照的に大きく黒い瞳が濡れて揺れている



「その日で忘れてしまうなんて
 なんでもかんでも素通りする砂みたいな人ね」



私は両の手に持て余した時間をどうしようかと悩んでいた
その間にも時間は流れ落ちていった
ふと顔を上げると何か困り果てた顔をした彼が居たのだ



「どうかしましたか?
 お困りですか?」



きょとんとした顔を思い出す
遅めの昼食を空の天井のカフェで摂る
笑いながらいろいろな話をしてあっと言う間に太陽は空に染み込んで黒く塗りつぶされる
初めて会ったのに馴染む肌
私の雫が彼の体に染み込む
私は夜が明ける前に彼の家を出る
太陽が溢れる前に






本当は忘れるわけはないのだ
あなたはきちんと毎日規則正しい生活を送っている
今日何を着るか迷うことはないし
朝食だって作って食べる
お気に入りの音楽を聴きながらニュースを読むし
掃除に洗濯もなんなくこなす
女の抱き方もその優しい指の動きも
ただ忘れると思い込んでいるだけ
あなたに掛けられた暗示は私にしか解く事はできない
だから私は朝になるとあなたが起きる前に家を出る
そして毎日あなたに出会う
だってあなたは綺麗すぎるから愛しすぎるからこうするしかなかった
あなたは砂で私の硝子瓶の中に
そして私の砂時計は逆さまにしても落ちてこない
また今日も困り果てたあなたを私は見つける



「お困りですか?」