あなたの事を好きになった人を恨んであげる

celame2007-08-07

身動き一つ取れない状態に固定されている
スラっと差し込まれる金属製の異物
目を閉じる事すらできない
皮膚を破って柔らかい肉に突き刺さるナイフ
体中が焼ける
ズブズブと
私の中が外に流れ出す
急所を外して何度も刺さるナイフ
意地悪なあなた
ズブズブと
いっそ一思いに殺してくれればいいのに
わたしで汚れていくあなたの白いシャツ
私はあなたにこんなにも憎まれていたの?
恨まれていたの?
自責の念に心も切り刻まれる
ズブズブと
これから死ぬんだという恐怖
それよりも大きい後悔の波
あなたとの時間を全て思い出すには
きっと時間が足りない
そう思うと悲しくなった
残りの時間であなたとの事を思い出せない
それが何より悲しい
切ない



「私の事が憎かったの?」



搾り出した掠れた声
残り僅かな時間を表しているかのような



「愛してるよ」



男は静かにそう言った
泣きながら男は言った
ズタズタになったボロキレみたいな私を優しく抱いてそう言った
それまで体中を焼いていた熱が白い光のようなものに変わった
痛みが引いて行く
とても気持ちが良くなって
私は多分穏やかな笑顔を浮かべているはず



ウソツキ

きみをありったけ抱き締めた

「抱き締めて? きつく息もできなくさせて」
抱き締めたはずのきみは霧散した
腕の隙間から気持ちの狭間から現実とそれ以外の間へ向けて
訳がわからなくなって抱き締めていた手でそこをこじ開けた
綿菓子みたいなきみの残滓が肌に当たって砕け散った
きみが抜けて開いたその空間の違和感がある場所に指を差し込む
抱き締める時と同じようにさらに力を込めて
差し込んだ指先を中心に罅が音も立てずに拡がる
その先で口元を緩くこっちを眺めているきみ
手を千切れそうな程伸ばす
きみはきみを中心にきみの中へ吸い込まれていく
このまま掴めずに・・・?と不安ともやもやした恐怖が顔を歪ませる
見慣れた天井
隣にはすーっと静かに寝息をしているきみ
放り出された手に自分の手を繋いでみる
高鳴った心臓もお構いなしにぼやけ始める思考
これも夢かもしれない
明日になったら何も覚えて居ないかもしれない
もしかしたらきみの手だけは全部覚えているかもしれない

からっぽ

うっすらと開いた目で何かを見ている訳ではない
ゆっくりと上下する胸もただ規則的に動いているだけ
部屋の中に置かれているオブジェクト
何も考えず何も見ず何も聞かない
ただひたすらにそこにある
不意に外で大きな音が聞こえ体がびくっと震える
あまりに無防備な状態な為に必要以上に体が反応してしまう
急に意識を戻されたぼくという入れ物
意識と体のズレ
その言い様のない違和感が不愉快に背中をくすぐる
意識と体を無理やり馴染ませるように息を深く吸い込む
体の中にぼくが居るぞと体に言い聞かせるように
体の主導権をぼくへと移すように
外にダイブして拡散して浮遊していたぼくの意識も途端にひとつに集まった為かまだ少し酔いが残っている
アルコールの酔いとも車酔いとも言えない
浅く思考が纏まらずに気を抜くと体から意識が零れ出してしまう
まるでぼろぼろの如雨露で水を運ぶときに底から少しずつ水が漏れていくように
そういやきみはぼくのこの癖がひどく嫌がっていた事を思い出した
これをやると人としての気配が消えるからと
二人で居るのに一人にしないでと
掴みどころのない人じゃなくて掴めない人は嫌と
そんな事を良く言われた
どうでも良い事を突然思い出すぼくの脳に少し面白いよと声をかけた

風鈴

臨・・・と白一色の朝に眠たい耳に流れ込む
凛・・・と涼を運ぶ音が夏の空気をそっと揺らす
燐・・・と昼の終わりを告げる音が夏の夜に透き通る
淋・・・と寝息を見守るように一緒に眠るようにひとつ鳴る

だからせめて絞りたての上澄みをきみの舌に垂らそう

肌の下さらにその中にある生臭い欲望
脳とは別の所から湧き上がる粘り気のある気持ち
それを伝えるには幾重もの神経や血管を抜けて来なければならない
指先に声になる頃には湧き上がった時の影すらなく
底に沈んでいく澱は静謐に重なり続ける
こんな事をしていたら永遠に届かない
わかっていても続ける緩慢な幸せ
最初から届かなければ傷つく事もない
静かに笑いながら本当の事は少しも言葉にできない
湧き上がるそれをそのままきみに浴びせたい
きみの奥深くを探ってきみのそれを引き摺り出したい
理性が警鐘を鳴らす濁流が澱の底にどろっと溢れる
けれどそれを表す術はない
拙い舌できみの舌を絡めて
不器用な指で肌を撫でて
少しでもそうなるようにきみの中に入ろう

いまだに続く死という明日に染込んで行く毎日

眩暈がするほど眩しい日差し
ずっと続きそうなゆるい幸せに吐き気
息をするのもままならない夜に会いたくて
頭を抱えながら絶え絶えに送ったメール
数秒後の返信に涙がでるほど癒されて
柔らかい鉛筆で温かく塗り潰されて
色濃くなった目の縁に今日も風は鮮やか
アスファルトの鼓動に歩み重ねて
自らの影を焼き付けながら