よくわかんないけど

階段を登っていくと見える景色が少しずつ変わっていってさ
あと一歩あと一歩だけって登りたくなるんじゃない?
学生の頃なりたくなかった大人に多分なっているんじゃないかな?
少なくともあの頃の自分が今の自分をみたらどう思うのかな?
それでも今の自分はまだ大人じゃないと思うし
そもそも大人ってなんだかよく解らないまま
きっと何かが見つかるまでもう少しだけ
もう少しだけ時間を
あと一歩登る時間を力を足を
それらを手に入れてそれを見つけてそれを見るまで
そう思って死んで行くんだ
少なくとも自分は
だから死ねない死にたくない死んでいられない

止めたって聞かないくせに

どうして私を選んだのか
どうしても会いたかったから?
それとも誰でも良かったの?
なんてね
あなたと過ごした毎日
可笑しくて下らない事で笑い合えた日々
いっぱい過ごした
いろんな事したけど
覚えているのはあなたの事だけ
見ていたのは見て居たかったのはあなたの事だけ
どこでもよかったしいつでもよかったあなたとなら
あなたは空の青がとても好きだったね
そんな事をしても空とひとつにはなれないって笑ってたのに
病的なほどその想いをずっと抱えて
空へ歩き出したあなた
拡げた手についに掴んだ空
いつかその感触を教えて

むせ返る様な雌の匂い

が肌にじっとりと絡む
窓から入る昼と夜の間の風がオレンジから青へと変わる
風に誘われて体の熱が運ばれていく
太陽の世界と月の世界が混じり合う様をセックスみたいだと思いながら眺めていた
肩に回る手
私と同じ仕組みでできてるとは思えない
大きくてなんていうか形が雑な手
寝惚けた手を抱えて自分の体温の足しにする
獲物を見つけたとばかりに手に力が篭る
驚く暇もなく手の内に絡め取られる
ぞくっと背中に昼の光よりも明るいものが走る
私の優しい手
早く起きて
私は愛しさを込めてその指先を口に含んで舐め上げる
少し冷えた体からまた雌の匂いが立ち昇り始める

砂時計

「一日しか記憶が持たないんだ
 だからきみの事を好きになっても
 明日にはもう今日の僕は居なくなってしまう」



顔立ちが整った肌の白い男はそう言った
角度や光の反射によっては女性のようにも見える
対照的に大きく黒い瞳が濡れて揺れている



「その日で忘れてしまうなんて
 なんでもかんでも素通りする砂みたいな人ね」



私は両の手に持て余した時間をどうしようかと悩んでいた
その間にも時間は流れ落ちていった
ふと顔を上げると何か困り果てた顔をした彼が居たのだ



「どうかしましたか?
 お困りですか?」



きょとんとした顔を思い出す
遅めの昼食を空の天井のカフェで摂る
笑いながらいろいろな話をしてあっと言う間に太陽は空に染み込んで黒く塗りつぶされる
初めて会ったのに馴染む肌
私の雫が彼の体に染み込む
私は夜が明ける前に彼の家を出る
太陽が溢れる前に






本当は忘れるわけはないのだ
あなたはきちんと毎日規則正しい生活を送っている
今日何を着るか迷うことはないし
朝食だって作って食べる
お気に入りの音楽を聴きながらニュースを読むし
掃除に洗濯もなんなくこなす
女の抱き方もその優しい指の動きも
ただ忘れると思い込んでいるだけ
あなたに掛けられた暗示は私にしか解く事はできない
だから私は朝になるとあなたが起きる前に家を出る
そして毎日あなたに出会う
だってあなたは綺麗すぎるから愛しすぎるからこうするしかなかった
あなたは砂で私の硝子瓶の中に
そして私の砂時計は逆さまにしても落ちてこない
また今日も困り果てたあなたを私は見つける



「お困りですか?」

砂漠の夜

ねえ私の大切な人
あなたの事を考えては一つ指を折って
あなたと出会ってから過ぎた日を数える
夏の雨の音が聴こえてくる
どこか心地よくて守られているようでもあって
私はあなたを想いながら目を閉じて朝を待つ
あなたの居る朝を待つ
私の中の砂漠でいつまでも
あなたの手の温もりが私をすくい上げてくれるのを待つ
潤い恵む雨はいくら降っても砂漠に染込んで溜まる事はない
ねえ私の愛しい人
夜の星にあなたが浮かび上がる
私は指で心の砂漠にあなたを描く
あなたが私の隣で眠る夜を待つ

砂の器

掌から零れてくよ
たくさんの言葉が
きみに言いたかった言葉や言った言葉たちが
さらさらと音をたてながら零れてく
きらきらと光放ちながら落ちてくのはとても綺麗なんだ
見惚れ魅入る
その美しさ以外の感覚が止まってもその美しさを止める事はできない
ただただ見続ける瞳はもう眼としての役割は果していなくって
見ている自身がその零れる言葉になって
その中から惚けた自身を見ているんだ
砕けて失っていく言葉の美しさに
数え切れない程の愛の言葉を紡いで来て
同じ数だけ罪を積み上げてきた
もう何を言っても自分の声と言葉は何よりも軽い
伝えたい思いを音に換える事さえ赦されない程に
残酷な程に軽い想いは薄く鋭くなってく
存在に耐えられない言葉になりきれなかったもの
ぼんやりと影の中に鬱積してく
時折思い出させるように恨みを晴らすように顔を出す
あの時はこう言えばよかったんじゃないの?
と皮膚の薄い所に心の柔らかい所に傷をつけては影の中に戻っていく
掴んで紡いでは声に換える言葉に一貫性なんてない
嘘も本当も表も裏も
ただそこには自身の声と想いが交じり合って産まれた言葉という奇跡にも似たものがあるだけ
自身の殻はきっと砂でできていて
自身の中を外の風に乗せてきみに届けたいと願うから声と言葉は交じり合う
さらさらと素敵な音になって
何も言わなければただ崩れてくだけで
もう何かを言わない事で後悔なんてしたくないから
自分には言葉にする事しかできない事を自分が一番良く知ってる
だから何度でも言葉にしよう



好きだよ

或る男

いい男になりたい
いい男で居たい
いい男で在り続けたい
他の誰でもない君の為に



電気を消した部屋
シーツの上で膝をついてもぞもぞと動くシルエット
包まれるように口の中に入っていく
自分の尖った一部
そこから背筋を通って頭へ抜ける快感
器用に絡みつく舌の濡れた感覚
素直に反応する体
自分の頭や心にはない
体だけの特権にも思える素直さ
体は素直だよなっていうどこかの陳腐な台詞が頭をよぎる
集中できないからとこちらから触るのは拒否された
与えられる一方的な快楽に罪悪感が浮かび上がる
されている感覚に金を払って性を買うという事を思い出す
快感と焦れったさが交錯する
耐え切れなくなった自分の手は
甘い声を漏らしながら動く頭を髪を撫でる
頭から首筋
うなじに肩と指を滑らせる
胸の辺りで手を払われる
されるだけじゃなくてしたいのに
女々しい思いと行為に集中できない自分が嫌になる
口でされている時に満ちる支配欲
この人は今だけは確実に自分だけの人なんだと思える
その反面
ひどく残酷にもなる
「もっともっと」と頭の奥から聞こえてくる
小さな頭を掴んで力を込める
戸惑い困惑した声を無視してさらに力を入れる
「もっと咥え込んで」
ぞっとするほど低い声
自分の声?
苦しそうに咳き込む君をみて
脳の奥が熱く焼けていく
自分の手はもう鋼鉄のように硬くて脳の制御が効かない
喉の柔らかい部分の感触に赤い感情が燃え盛る
細く小さいカラダを守ってやりたいと思う
同時に
同じ強さの気持ちで壊してやりたいと思う
白く熱い液体を飲み干して笑顔で抱きついてくる君
ひどい事をしたという事よりも
自分の中の汚い部分を自覚した事に感じる罪悪
欲望に焼かれた体と冷たい思考
それを受け入れてくれる君
もっと
いい男になりたい
もっと
いい男で居たい
もっと
いい男で在り続けたい
もっと
熱く
もっと
冷たく
もっと
優しく
もっと
残酷に